デス・オーバチュア
第224話「群れる雨の聖刀(せいとう)」



タナトスがディーンの稽古を受けるようになってから、一週間ほどの月日が経過していた。
当初のもう一つの目的……というか、こちらがメインだったはずの魔女捜しは全然進展していない。
願いがあるなら向こうの方から寄ってくるさ……と言うのがディーンの弁だ。
クロスが稽古の合間に捜してくれているようだが、タナトスの方は稽古だけでヘトヘトになってしまって全然探索が行えないでいる。
それを申し訳ないなと思いながらも、今はクロスの好意に甘えているのが現状だった。
もっとも、タナトス以上にしごかれている者がいる。
ディーンの元弟子であるガイ・リフレインだ。
稽古というか、あの二人の戦闘はタナトスから見て完全に別次元の領域である。
タナトスは、ディーンは言うに及ばず、ガイにも、例え魂殺鎌があろうとまるで勝てる気がしなかった。



「……痛ぅ……」
森の残骸とでもいった場所でタナトスは蹲っていた。
この惨状はディーンやガイの剣撃……主にディーンの旋風による仕業である。
「……飛ばされる距離と……負う痛手は減ってきた……か?」
今日もまた、旋風でここまで吹き飛ばされたのだった。
「酷いわね……自然破壊にも程がある……木々が可哀想……」
「んっ!?」
突然、背後から女の声が生まれる。
「…………」
振り返ると、一人の金髪の女性が、切り株の上に座っていた。
黒地に銀花の刺繍がされた袖無しのロング(足下まであるスカート丈)のチャイナドレス。
その上に、紫の暗い無地な上衣(着物)をコートのように羽織って(袖に両手を通してはいるが、ボタンなどは止めず前開きで)いた。
腰まで余裕である長く淡い金色の髪は、二つの黒リボンによって頭の斜め上(左右)で小さな団子を作っている。
胸のあたりにまで垂れ下がっている二房(左右)の髪は、先端近くを薔薇のような形の銀細工で束ねられていた。
とても長い前髪が左目を覆い隠し、右目だけが静謐な青い輝きを放っている。
「……誰だ?」
見覚えはない、だが、彼女が普通の人間ではないことだけはタナトスには一目で解った。
「嫦娥(こうが)……とでも名乗っておくわ」
嫦娥と名乗ったチャイナドレスの女は、手にしていた極東刀をゆっくりと鞘から引き抜く。
抜き放たれた極東刀の刃は露を帯び、強い水気を発していた。
刀身のあまりの冷たい美しさに、タナトスは寒気を覚える。
「師があまりに強く遠すぎて、自分が強くなっているのか解りにくいでしょう? 私が練習台になってあげるわ」
「なっ……!?」
嫦娥は、タナトスに何も言わせず、紫の上衣をマントのように靡かせて、斬りかかってきた。
「くっ!」
タナトスは黄金の大鎌で辛うじてその一撃を受け止める。
「待て、私はお前と殺り合う理由など……」
「嫌ね、ただの手合わせよ、手合わせ、稽古、練習ね」
「真剣で? そもそも……」
戦う理由の有無以前に、タナトスは相手の素性を今聞いた名前以外何も知らないのだ。
「問答無用〜!」
嫦娥は刀を一度引くと、今度はタナトスの胴体を断ち切ろうと斬りかかる。
「ちぃ……」
鈍い音をたてて、受けに回った黄金の大鎌の刃に刀の刃が僅かに食い込んだ。
「一太刀で断ち切れないか……何でできているのかよく解らない大鎌ね……」
嫦娥は刀を引くと同時に、後方に跳んで間合いを取り直す。
「…………」
ディーンが手加減していたとはいえ、今までの稽古では欠けることもなかった大鎌に容易く食い込まれた……あの極東刀も、使い手である少女も徒者ではないとタナトスは確信していた。
「……行くぞ」
事情は解らず、現状も納得できないが、今は何も考えずに全力で戦うしかないとタナトスは決断する。
「ええ、どうぞ」
刀を正眼に構え直した嫦娥からは禍々しさは欠片もなく、清浄……清らかで汚れのない空気を纏っていた。
「……滅っ!」
相手の素性に疑問を持ちながらも、タナトスは一足で間合いを詰めて、大鎌を振り下ろす。
「浄(じょう)っ!」
「くっ!?」
嫦娥は自ら大鎌の内側に飛び込み、タナトスの胴を斬り払った。
切り裂かれた黒の法衣から鮮血が噴き出すが、刀には血が付着しておらず、刀身は透き通るような清らかな水が雨の如く滴っている。
「く……つぅっ!」
タナトスは腹部の痛みを無視して、嫦娥へと再度大鎌を斬りつけた。
「ふっ!」
大鎌の一撃を刀が切り払った際、刀身から飛び散った水滴がタナトスの頬にかかる。
「水? その刀はいったい……?」
「期待外れね」
「なっ!?」
嫦娥の姿が目の前から消えた瞬間、タナトスの体中から鮮血が噴き出した。
「う……」
タナトスは呆然とした表情で片膝をつく。
斬られた実感が湧くまでにかなりの時間を有した。
「ふん」
タナトスの背後から数メートル先に出現していた嫦娥は、つまらなそうな表情で刀を鞘へと収める。
「私如きに容易く間合いを許してどうするのよ? 貴方、本当に雪の魔王を退けた死神なの? 今の貴方からは全然迫力を感じないわ……」
嫦娥は振り返ると、失望したような表情でタナトスの背中を見つめた。
「く……ぅ……」
タナトスは立ち上がると、嫦娥へと向き直る。
「……くぅ……う……ああああああああああああああああああああああああああっ!」
叫びと共に、タナトスを中心に灰色の風が溢れ出した。
「……死の気流……パワーはたいしたものね……余裕で一万超え……高位魔族クラスのエナジー……」
嫦娥は再びゆっくりと刀を鞘から引き抜く。
「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
灰色の風が際限なく激しさを増し、周囲を蹂躙するように充満していった。
「……あら、凄い、まだまだ上がるの? 七万五千、八万、九万……十万!?」
「あああああああああああっ! があああああああああああああああああああっ!」
周囲に存在する切り裂かれ木々達が、物凄い速さで次々に腐蝕していく。
「……十二万、十三万……ふ〜ん、エナジー換算で約十四万ってところかしら?」
「あああっ!」
タナトスが大鎌の刃を地面に突き刺すと、刃の突き刺さった場所から灰色の風が嫦娥に向かって駆けだした。
「死走りね……ふっ!」
嫦娥は空高く跳躍し、地を奔る死気の刃をかわす。
「あああああああああっ!」
タナトスは大鎌で空を斬り、灰色の風……死気の刃を上空の嫦娥に向けて撃ちだした。
「ふっ……刃(は)っ!」
嫦娥が刀を一閃すると、刀身から放たれた水飛沫が水の刃と化し、死気の刃と激突する。
激突した死気と水の刃は綺麗に互いを消滅させた。
「うあああああああああああっ!」
タナトスはデタラメに大鎌を振り回し、無数の死気の刃を一斉に解き放つ。
「と、力で押し切る気!?」
地上へ降下しつつあった嫦娥は、刀を鞘に収め、何もない虚空を蹴って再び空高く上昇した。
死気の刃達は嫦娥の後を追尾する。
「ふっ……」
嫦娥の両手の肘から先が銀色に変色……いや、銀色の籠手が両手に装着されていた。
銀色の右掌の前に40mm(ミリメートル)程の青い光球が生まれる。
「核爆(かくばく)っ!」
嫦娥は右手を振り下ろし、迫り来る死気の刃の群に向かって青き光球を投げつけた。
青い閃光の大爆発が、全ての死気の刃を呑み尽くす。
「……ふん、もう終わりにしようかしら?」
嫦娥は左掌の前に作っていた二発目の青き光球を地上のタナトスへ投げつけた。
「くっ……があああぁぁっ!」
タナトスが頭上で大鎌を回転させると、灰色の風が彼女を中心に渦巻いていく。
彼女を包み隠した灰色の渦巻く風……死気の嵐(デスストーム)に、青き光球が接触し、全てを吹き飛ばした。


青い閃光が晴れると、あれ程荒れ狂っていた死気の風が完全に消え去っている。
「はあはあ……ぁ……」
タナトスは肩で息を切らしていた。
「一気にパワーを使い切っちゃったみたいね……エナジーが一万以下までガクンと落ちたわよ」
正面の嫦娥は観察するような眼差しをタナトスに向けている。
「やはり、神剣がないとエナジーの増幅や制御が全然なっていない……それだけの容量(キャパ)を持ちながら……なんて勿体ない……」
嫦娥は本当に勿体なさそうな表情を浮かべた。
チャイナドレスのスリットから覗く彼女の両足には、いつの間にか両手と同じような銀色の具足が履かれている。
「くっ……」
先程までのタナトスは、魂殺鎌が無いにも関わらず、十年ぶりに魂殺鎌を解放した時のような軽い興奮状態だった。
「貴方には失望しました……『嫦娥』のままでも貴方を倒すのには余りある……」
嫦娥は刀を鞘からゆっくりと引き抜く。
「冥土の土産に見せてあげるわ。この世でもっとも清浄なる聖刀(せいとう)……『村雨(ムラサメ)』の煌めきを……」
刀……村雨の刃が大量の水で滴り、美しく光り輝いた。
嫦娥は、円月を描くかのようにゆっくりと刀を前面で回していく。
「受けよ、処断の雨! 水聖驟雨(すいせいしゅうう)!」
村雨が振り下ろされた瞬間、雷鳴をともなった激しい雨がタナトスに降り注いだ。
「ああああああぁぁぁ!?」
ただの豪雨ではない。
雨の一滴一滴が散弾のようにタナトスの体を撃ち抜いていた。
驟雨の名に相応しく、激しく降り注いだかと思えば、雨はピタリと急に降り止む。
雨が止むと、タナトスは水溜まりを血で赤く染めながら、俯せに倒れていた。
「ふん、実につまらない手合わせだったわね」
嫦娥は心底つまらなそうな表情で呟くと、村雨を鞘へと収める。
「へぇ〜、それが村雨ですか? 聖刀の域にまで達した名刀の中の名刀……とても美しいですけど、なんか脆弱そうですね〜」
「っ!?」
声がした方を振り向くよりも速く、不意に発生した『烈風』が嫦娥を吹き飛ばした。
「……貴方は!?」
空高く吹き飛ばされながらも、嫦娥は不意打ちをくれた襲撃者の正体を目撃する。
渦巻く桜の花びらの中に、桜色の袴と桜模様な和風の衣を着こなし、その上にさらに、黒の無地な上衣(着物)をコートのように羽織った少女が居た。
髪は桜色のストレートロング、瞳を隠すサングラスをかけ、黒刃の長刀を両手で握っている。
「黒桜(こくろう)に白桜(はくろう)!? やっぱり、貴方が……この泥棒猫っ!」
嫦娥は桜色の少女を憎しみを込めて罵った。
「嫌ですね、奥様……コレは慰謝料として貰ったんですよ〜」
殲風院桜は意地悪げな微笑を口元に浮かべながら、長刀を振り下ろす。
「旋風・片刃!!!」
「くっ、間に合わな……」
長刀から解き放たれた螺旋状の桜吹雪が嫦娥を呑み込んで、空を穿つようにして彼方へと消えていった。
「あははーっ、そんな『軽装』で彷徨いているから、わたし如きにやられちゃうんですよ」
桜は黒刃の長刀『黒桜』を背中の鞘へと収める。
「全装備(フルそうび)のあなたには間違っても勝てる気がしませんが……刀一本、剣術での勝負なら話は別です。なんたって、わたしは殲風院ですからね〜」
タナトスの傍まで近づくと、桜はサングラスを外した。
「タナトス様……」
不可思議な『琥珀』の瞳が妖しい輝きを放ちながら、タナトスを見下す。
「……こんなつまらない……こんな楽な死に方……わたしは許しませんよ……」
何の感情も感じられない冷たい声で呟くと、桜……いや、琥珀(アンベル)はタナトスを抱き上げた。





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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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